ヤマノタミ -プロローグ-
山の民プロローグ
御伽噺を話そう。
それはかつて
「日出ずる国」と呼ばれ
黄金の国「ジパング」とも称された
とある場所の表には語られない人々の話だ。
彼らは
はるか太古の昔から山の奥地にいて
土地に根付かず北から南まで自由に移動し
山の恵を糧に暮らしを続けてきた。
彼らは「蜜蜂」を自然と自分たちをつなぐ
神の使いと崇め、
里に定住する民とは深く交わる事なく
独自の文化を醸しながら集団形成をしていった。
それは時代によって
ヤマト朝廷に追われた人々を内包し、
シルクロード経由で
仏教と香辛料の文化が伝来されたのちの
修験者を内包し、
はたまた
源氏と平氏の長きにわたる争いののち
敗れた落人を内包し、
もとの姿を少しずつ変容させながら、
強烈な山の自然の中で生きる集団として
表舞台に現れることはせずに
文字通り自然とともにひっそりと存在していたのである。
彼らは自分たちのことをその言語で
「人」の意味を持つ
「インサ」と名乗ったが
彼らの存在を知る、里や平地に暮らす人々は
畏れと敬意をもってこう称した、
「山の民」と。
なぜ私が
この決して歴史の教科書で
表に出ることの無い
彼らを強い決意をもって
言葉にするに至ったか。
それは自らの血の物語であり、
人と自然が
深い繋がりをもっていた時の痕跡を
確かめたいと思ったのかもしれない。
群馬の都市部で産まれた育った私は
幼い頃、その珍しい苗字から
集団生活で揶揄いの的にされ、
更にはビルやアスファルトに囲まれた土地への
謎の強い違和感もあり、
そこが居場所では無いという
感覚に陥っていた。
忌まわしい自らの名のルーツと
土地との親和性を
何気なく調べていた時、
とある気狂いじみた研究者の論文で
そのルーツと「山の民」の存在の
数奇な繋がりを
初めて知ることになった。
かつて山中を自由に移動し
生活をしていた遊牧の民は
戦時中の徴兵制度に伴い、
捕獲され平地に
縛り付けられたのだという。
街におろされ、文化をはぎ取られ
政府の管理下に降る前にいた
最後の土地を自らの名と定め、
そのアイデンティティーを
密かに血に残していった。
「山の民」の血をひく私が紡ぐこの物語は
歴史に葬られた人々の存在証明であり、
土から遠く離れてしまった未来を生きる人への
自然との対話というでの道標である。
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