第一章 『 芽吹きの後の大地の躍動とそれに呼応する人の記憶 』


厳しい冬が終わりを告げ、

地表には小さな黄色い花がまずは咲き出す。

福寿草の花だ。

虫が少しずつ目覚め始め、

蜜蜂が姿を現し始める。

茶と白の色しかなかった世界に

暖色の色彩が目立ちだすと

春の訪れ喜びと

これから次の冬を越す為の活動の無事を祈り

かつて我々の祖先は

山や森の神に祈るための宴を催していた。

手探りでこの宴を再現する為に

しばらくの間、

私は昼夜問わず森や山に入り

あてもなく歩き、

自分自身が感覚で感じ取れる全てを

吸収しようとガムシャラになっていた。

数時間経ったであろうか

慣れない山歩きからか、

意識しないようにしていた疲労が

随分と蓄積していたのか

目印にしていた日陰の雪の上に残る

獣の足跡を見失い

気がつけば自分の居場所を

見失った。

山の闇は深い。

静寂がさらに何モノかの気配を

強烈に感じさせる。

アマゾンで購入した山刀が

唯一身を守る道具、

普段は感じないとてつもない恐怖が

感情を支配し、

それ故かただでさえ寒い

夜の山は身体の芯まで凍えさせた。

1分が何十時間にも感じる時空の歪み、

その中で恐怖の根源についてふと考える。

それは生命を奪われるという事からか

認識できない存在があるという事なのか、

そもそもそれと自分との境界線はなんなのか。

気がつけばこんな暗い山の中で

数匹の蜜蜂の存在をすぐ近くに見つけた。

近くに巣でもあるのだろうか、

彼らの軌跡を頼りに

巣は里の花が咲き誇っていたであろう場所に

あるはずという勝手な希望をもとに

冷えと恐怖で固まっていた身体に

鞭を打つように歩きだす。

おそらく数時間が経ち

自分の感覚が異常に冴えている事を知る。

さっきまで恐怖の対象であった

山の何かは既になく

というよりも山のあらゆるものが

自分との境界を超え

山の視点から今歩いている自分を

観察している自分がいるというのが

正しいであろうか。

五感が山と完全にリンクしていると

いえばいいのか、

不思議と疲労は消え、

闇の中でサーモグラフィーのように

歩むべき道がはっきりと見える。

山と同化する瞬間。

ふと山の峰の向こうから

柔らかな光が満ちてきて

空が深い青のグラデーションから

下に向かうに連れて赤く染まっていく。

日の光でエネルギーが

満たされていくのが全身でわかる。

地表は微生物の活動と

植物の芽吹きで熱を帯び、

朝靄が立ち込め、

不透明な視界が

幻想的な世界を

作り出す。

待ちわびたあらゆる生命が

冬の間蓄えた力を

空にむけて無軌道に放つ。

それが春だ。

歩きながら無自覚に

涙を垂れ流していた自分に気づいた

次の瞬間、

あの福寿草の咲き誇っている

いつもの畑に

戻っていた。

そして、

春を迎える宴の真意を知った。



ー2ー